スポンサーリンク

高野雑筆集 布勢海宛 弘仁七年 六月十九日 その4

スポンサーリンク
空海 高野雑筆集  
スポンサーリンク

布勢海宛 弘仁七年 六月十九日 その4
高野山を修行の地として請うた上表文に添えて
布勢海宛に出した手紙。 
  弘仁七年(816年) 六月十九日(空海43歳)
**********************
(本文)今思はく、本誓(ほんぜい)を遂げんが為に、聊(いささ)
か一の草堂を造って禅法を学習する弟子等をして、法に依って修
行せしめる。但(ただ)、恐らくは、山河土地は国主の有なり。
若し天許を蒙(こうむ)らざらんには、本戒(ほんかい)に違犯
(いほん)せむ。伏して乞う、斯(こ)の望みを以聞(いぶん)
にして彼の空地を賜(たま)ふことを蒙(こうむ)らむ。若し
天恩允許(てんおんいんきょ)せば、一の官符を紀伊の国司に
賜(たま)はらむことを欲す。委曲、表中に在(あ)り。謹む
で状を奉る。不具。
                  沙門空海状(しる)す
布助(ふせのすけ)執事謹空
——————————-
ここは訳は必要ないと思います。
*布勢海(ふせのあま)という人が実際の事務をする人ですが、
嵯峨帝に請願するというより実質的には官吏のこの布勢海に
請願しているような感じがします。

コメント