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高野雑筆集  嵯峨天皇宛 弘仁七年八月 その3

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空海 高野雑筆集  
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 嵯峨天皇より屏風に揮毫を命じられてそれを献上したときの
上表文。 その3      (弘仁7年(816年) 8月15日 空海43歳)
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(本文)これのゆえに蒼公が風心は鳥跡に擬して翰(ふで)を揮い
王少が意気は竜爪を想うて筆を染める。虵字は唐綜よりおこり、
虫書は秋婦に発す。軒聖雲気の興、務仙風韭(むせんふうきょう)
の感。垂露懸針(すいろけんしん)の体、鶴頭偃波(かくとうう
えんぱ)の形、麒麟鸞鳳(きりんらんほう)の名、瑞草芝英の相。
是の如きの六十余体は、並びに皆人の心、物に感じて作れるなり。
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(訳)このゆえに蒼頡というひとが鳥の足跡を見て文字を作ったとい
ことや王義之も景物にいたして筆を染め、飛という字も竜の爪の形
をとっています。虵字は魯の唐綜という人が夢に蛇が自分の体に
まとわりつくのを見て字を作ったとされ、虫書(蚕書)は魯の秋胡
の妻が作ったとされています。軒聖という人は雲に感じて雲書をお
こし務光仙人は風になびく薤葉(にらの葉)を見て倒薤(とうかい
)の書体を感得しました。垂露の書体、懸針の書。鶴頭の書、偃波
の書体。麒麟の書体、鸞鳳の書。瑞草である霊芝に由来する芝英の
書など六十余種の書体はみんな人が心に感じて作られたものです。
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*飛という字は竜の爪。言われてみれば確かにそんな感じがします。
しかし、なんともたくさんの書体があるものだと思います。
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(本文)ある人のいわく、「筆論、筆経はたとへば詩家の格律の
如し。」詩人、声と病とを解(さと)らずんば誰か詩什に編まむ。
書者、病と理を知らずんば何ぞ書評に預からむ。又、詩を作る者
、古体を学ぶをもって妙とし、古詩を写すをもって能(よ)しと
せず。書もまた古意に擬するをもって良しとし、古跡に似たるを
以って巧みなりとせず。所似(このゆえ)に古より能書百家体別
なり。蔡邕(さいよう)大いに笑い、鐘繇(しょうよう)深く嘆く。
良(まことに)に以(ゆえ)あり。
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(訳)ある人のいわく「筆論、筆経はたとへば詩家の格律ののよう
なもの。」と言われております。詩人であれば作詩の詩と韻律や
作詩上の注意点を知らなければ詩集に載ることなどありません。
同じように書家であれば書の規則、その理を知らなければ書の評価
などあるはずがありません。また詩を作る者は古詩の心を学ぶこと
が肝要です。古詩を真似することがいいのではありません。
 書も同様で古風の意に思いを凝らすのいいのであり古い字、自体
を真似ることがいいのではありません。
 これゆえ、昔から能書家は多くいても書風は違うのです。
 蔡邕(さいよう)という人が用筆の方法をさとって歓び鐘繇(しょ
うよう)という人が自ら胸をうって血を吐くまで筆法を極めたのにも
本当に納得いたします。
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*空海はマネをするのはいけないと言いますが最初は徹底的に
マネをしなければいけないと思います。そしてあとどれくらい
自分らしさが出せるかなのだろうと思います。

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