嵯峨天皇より屏風に揮毫を命じられてそれを献上したときの
上表文。 その2 (弘仁7年(816年) 8月15日 空海43歳)
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(本文)空海、元より観牛(かんぎゅう)の念(おも)いに耽って、
久しく返鵲の書を絶つ。達夜(よもすがら)数息(すうそく)す、
誰か穿被(せんぴ)に労せむ。終日(ひねもす)修心す、何ぞ墨池に
能へむ。
人、曹喜に非ず、謬って(あやまって)漢主の邸に対(むか)へり。
辞せんと欲するに能わず。強(し)いて竜管を揮ふ。
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(訳)私は修行にしたっておりまして、しばらく書いておりませんが
夜もずっと修行をしており、昼もまた修行をしており、書に集中でき
ません。私は曹喜のような書の達人ではありません。
何かの間違いで陛下のご命令をうけました。ご辞退したくても、そ
れもできません。あえて筆をとった次第でございます。
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*丁寧な文章の中にも空海の有り余る自信がのぞいているような文章
です。
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(本文)古人の筆論に云く、「書は散なり。」ただ結裹のみをもっ
てよしとするにあらず。
かならず、すべからく心を境物に遊ばしめ、懐抱を散逸して法を
四時にとり、形を万類に象(かたど)るべし。
これをもって妙となす。
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(訳)古人の筆論には「書は心を万物に散じて情にまかせて性をほ
しいままにして万物の形を字の勢いに込めることにあり。」と説か
れており字画の正しいことを良しとすることだけではありません。
必ず心を対象に集中させ思いを万物にこめ字の勢いを四季の景物に
かたどり、形を万物にかたどることが肝要です。これが書の妙理とい
えましょう。
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*私がまだ中学生だった40年ぐらい前、社会の先生が漢字の源はエジプ
トの象形文字であったものが多いといっていたことが思い出されました。
字を書く上では参考になる言葉だと思います。
字の表すところのイメ-ジを一画一画に込め字に命を吹き込む
という事でしょうか。
高野雑筆集 嵯峨天皇宛 弘仁七年八月 その2
空海 高野雑筆集 
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