高野山を修行の地として請うた上表文 その2
嵯峨天皇から同年七月八日に勅許が下りている。
弘仁七年(816年) 六月十九日(空海43歳)
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(本文)また台嶺の五寺には禅客肩を比べ、天山の一院には定侶
袂を連ぬること有り。是れ則ち国の宝、民の梁なり。
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(訳)また五大山の金閣等の五つの寺には、禅定を修学する僧が
肩を並べ、天台山の国清寺には禅定を修する僧が袂を並べるほど
おります。これは国の宝であり民の柱でございます。
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高野雑筆集 嵯峨天皇宛 弘仁七年 六月十九日 その2
空海 高野雑筆集 
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