空海 三教指帰

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空海 三教指帰

続2 三教指帰  なぜ密教だったのだろうか

空海が都の大学に嫌気がさしたのはわかるのですが、なぜなぜ密教だったのか。三教指帰を書いた時点でその引用が仏教の教典からだけでも681巻という途方もない量です。 これ以外にも読んでいたはずであり、儒教の関係は叔父の阿刀の大足に学んで幼少の頃か...
空海 三教指帰

続 三教指帰  ~時代周辺~  

三教指帰が書かれたのは延暦16年(797年)の12月1日だと空海が自分で書いていますから空海の生まれが宝亀5年(774年)だとすれば24歳(数え年)の時であるとなります。 大学の入学が18歳だとしているので(延暦10年 791年)ですから、...
空海 三教指帰

三教指帰

三教指帰は空海24歳の時の作であると自分で書いて記していますから虚空蔵求聞持法の修行を終えて奈良へ帰ってからでしょうか。 一門の期待を裏切って大学を飛び出しているてまえ自分の生家の善通寺に帰ったとは思われません。原文は漢文なので私にとっては...
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