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高野雑筆集 嵯峨天皇宛 弘仁七年 六月十九日 その7

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空海 高野雑筆集  
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高野山を修行の地として請うた上表文 その7
嵯峨天皇から同年七月八日に勅許が下りている。
  弘仁七年(816年) 六月十九日(空海43歳)
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(本文) 若し天恩を允許(いんきょ)せば、請ふ、所司に宣付
(せんぷ)したまへ。軽々しく宸扆(しんい)を塵して、伏し
て深く悚越す。沙門空海、誠惶(せいこう)誠恐(せいきょう
)。謹んで言(もう)す。
弘仁七年 六月十九日 沙門空海上表
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(訳)もし恩顧をたれお許しあれば所轄の担当にその旨をお願
いします。軽々しくも聖帝の目をけがして深くお詫び申し上げ
ます。沙門空海、誠惶誠恐。謹んで申し上げます。
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*「所司に宣付したまへ」とわざわざ書いているあたり、現代と
同じでこの時代も実際には所轄の役所の担当者が事務をすること
になっているのは、面白いと思いました。

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