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高野雑筆集 某相国宛 弘仁七年十二月 その3

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空海 高野雑筆集  
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某相国宛 弘仁七年十二月二十七日 その3
 藤原真川にかわって、その師の浄村宿禰浄豊を某大臣に推薦する
書状。
           (弘仁7年(816年) 12月27日 空海43歳)
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(本文)遂に乃(すなわ)ち、位、五品に登り、職、州牧を践
(ふ)む。男息九人、任中にして生まれたり。弘秀両人は、任
中外を経て、俸、判官を食(は)む。竝(ならび)に皆、降年
短促(こうねんたんそく)にして、不幸にして殞(いん)した
り。最弟の一身、孑然(けつぜん)として孤り留(とどまれ)
り。是れ則ち、真川等が業を受ける先生なり。
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(訳)かくて、ついに、位は五位に登って職も国の太守になり
ました。9人の息子が任期中に生まれましたが、なかでも弘と
秀の両人は卿相侍中の属、刺史使令の職を経て報酬も判官クラ
スになりましたが兄弟すべて短命でありただ末の弟のみ生存し
ております。この者こそ真川らの師の浄村宿禰浄豊でございま
す。
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