嵯峨天皇より屏風に揮毫を命じられてそれを献上したときの
上表文。 その4 (弘仁7年(816年) 8月15日 空海43歳)
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(本文)空海、たまたま解書の先生に偶(お)うて、粗々口訣
(くけつ)を聞けり。然りと雖も、志す所、道別(こと)にし
て、曽て心を留めず。今、聖雷の震響に頼(よ)って心地の蟄
字を抜(ぬきい)づ。六書(りくしょ)の萃楚を折り八体の英
華を摘む。転筆をてい態に学び、超翰を草聖に擬(なずら)う。
山水を想っては擺撥(はいはつ)し、老少に法(のっと)って
終始す。
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(訳)私は在唐のおり解書の先生に会いまして書の口訣をうか
がいました。しかし、私の志すと所は別にあってそれに心を
留めることはありませんでした。今、聖帝の御下命をうけまし
て、あたかも春雷の響きによって地中の虫が出てくるかのごと
く筆をとった次第でございます。六書の優れたものを集め八書
体の華やかさを取り入れました。筆の運びは古体調とし、筆の
調べは草書の聖である伯英になぞらえました。山水に心を馳せ
て筆をふるい、筆の勢いはその決りにしたがいまして行いまし
た。
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*現在では使われなくなった漢字や言い回しがあるため難解な部分
もありますが、空海の他の著作に比べると、手紙のため意味はわか
らなくても感じが伝わってきます。
**実際に書いてみて、訳を参考にしながら生意気ですが自分なりの
訳を考えていきますと漢文の漢字の1字1字が日本語よりも簡潔で広
い意味を持っているのだなと関心します。
高野雑筆集 嵯峨天皇宛 弘仁七年八月 その4
空海 高野雑筆集 
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