紀伊の大伴氏宛 弘仁八年 その2
高野山下賜の勅許を受けた後、紀伊の大伴氏宛に援助を
請うた書状。
弘仁八年(817年) (空海44歳)
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(本文)之を先人の説に聞く。我が遠祖、太遣馬(たけま)の
宿禰(すくね)は、是れ則ち彼の国祖、大名草彦(おおなぐ
さひこ)の派(わかれ)なり。所以(かかるゆえ)に尋ね謁
(えつ)せむと欲すること久し。然(しか)れども左右(かれ
これ)拘礙(こうがい)して志願を遂げず。悚息(しょうそこ
)何をか言わんや。
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(訳)先人に聞きますのに我が遠祖の太遣馬(たけま)の
宿禰(すくね)は紀伊の国の大名草彦(おおなぐさひこ)
の末裔なのです。そうでありますのに訪ねて拝謁したいと
思っておりましたが、なかなかにその思いがかないません
でした。その心の中に思いはいうべきすべがございません。
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高野雑筆集 紀伊の大伴氏宛 弘仁八年 その2
空海 高野雑筆集 

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