一通の書状が一行を救うのですがった空海の
福州の長官へ嘆願書を代筆(『大使のために福州
の観察使に与うる書』))は性霊集の中に残ってい
ます。性霊集は弟子の真済が編纂されたものとさ
れ全10巻あります。そのなかでもこの『大使の
ために福州の観察使に与うる書』は特に優れてい
るとされます。
これを見た閻済美(えんせいび)は手のひらを
返したような対応をすることは大変なこれも文人
知識人といえると思います。すぐ都の長安に問い
合わせるといい手厚い待遇をします。
長官の閻済美は空海一行を客人扱いしたでしょう
とくに文章においては長安でもこれほど書ける人は
いないし、唐語を自由にしゃべれるとなると長官の
閻済美は大使の藤原葛野麻呂よりもこの空海に注目
したはずです。
福州での文人知識人と空海一行は盛んに詩文の交換
をしたでしょう。そこでの優秀さはきっとこの長官の
閻済美も驚きの目をしたと思います。
そして空海には思っても見ないことが起こります。
何と長安に行くメンバ-の中に空海の名前が入って
いなかったのです。驚いた空海は長官の閻済美にまた
嘆願書を書いています。性霊集におさめられている
(「福州ノ観察使ニ与ヘテ入京スル啓」)は長文ではあり
ませんが空海の気持ちが良く表さされていると思います。
少し長いですが全文を引用しますと
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~ 福州ノ観察使ニ与ヘテ入京スル啓~(全文)
日本国留学ノ沙門空海啓ス。空海、才能聞コヘズ、言行
取ルトコロ無シ。但ダ雪中ニ肱ヲ枕トシ、雲峯ニ菜ヲ
喫フコトノミヲ知ル。 時ニ人ニ乏シキニ逢テ留学ノ末
ニ?ハル。限ルニ廿年ヲ以テシ、尋ヌルに一乗ヲ以テス。
任重ク人弱クシテ夙夜ニ陰ヲ惜シム。今、使ニ随テ入京
スルコトヲ許サレザルコトヲ承ル。理、須ク左右スベシ。
更ニ求ムルトコロ無ケン。然リト雖モ居諸駐ラズ、歳、我
ト与ナラズ。何ゾ厚ク国家ノ馮ヲ荷テ、空シク矢ノ如クナ
ルノ序ヲ擲ツコトヲ得ンヤ。是ノ故ニ其ノ留滞ヲ歎ヒテ早
ク京ニ達スルコトヲ貪ル。伏シテ惟レバ中丞閣下、徳、天
心ニ簡バレ、仁、遠近ニ普シ。老弱袖ヲ連ネテ徳ヲ頌スル
コト路ニ溢レ、男女手ヲ携ヘテ功ヲ詠ズルコト耳ニ盈ツ。
外ニハ俗風ヲ示シ、内ニハ真道ヲ淳クス。伏シテ願ハク
バ彼ノ弘道ヲ顧ミテ、入京スルコトヲ得セシメヨ。
然レバ則チ早ク名徳ヲ尋ネ、速カニ所志ヲ遂ゲン。
今、陋願ノ至ニ任ヘズ。敢ヘテ視聴ヲ塵シテ伏シテ深
ク戦越ス。謹ンデ奉啓以聞。謹ンデ啓ス。
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切々たる空海の気持ちがよく表れている文章だと思い
ます。長官の閻済美はこれほどの才能を持っている者を
手元に置いて自分のために使おうと考えたのでしょう。
空海にすれば”とんでもいない”ことだったはずです。
しかし閻済美もそれなりの教養人、知識人だったはず
ですんなり許しています。

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