空海が福州の長官の閻済美に宛てた「賀能、啓
(もう)す」から始まっている文章は空海の書いた
文章の中でも特に優れたものとされます。
引用しますと
「賀能、啓(もう)す。高山、澹黙(たんばく)
なれども禽獣、労を告げずして投帰し、深水、もの
言わざれども魚竜、倦むことを憚らざるして遂(
お)いおもむく・・・」
(訳) 藤原葛野麻呂が申し上げます。高山に住む
荒々しい鳥や獣、水深いところに住む魚竜も徳の
高い大唐帝国の皇帝陛下のもとには労いとわずあ
きることなどなく参ります
この「賀能、啓(もう)す」は藤原葛野麻呂の葛
野麻呂の葛を賀とし野を能とものでしょう。こうした
方が当時の発音上いい音に聞こえたのかもしれません
。また当時は離合詩といって漢字のヘンやつくりを
とって詩を工夫して作ったり返したりするような事が
知識人、文化人の間で盛んだったようです。
こあたり空海一行が危機存亡にもかかわらず、奏上
文を読むのは長官の閻済美でありこの閻済美が納得す
るにはどう書くかというのがもう空海の頭の中で工夫
、準備されていたように思います。


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