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空海は魔術師だった? メルマガ投稿から    Vol.9

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   空海が福州の長官の閻済美に宛てた「賀能、啓


(もう)す」から始まっている文章は空海の書いた


文章の中でも特に優れたものとされます。


  引用しますと


 
  「賀能、啓(もう)す。高山、澹黙(たんばく)


なれども禽獣、労を告げずして投帰し、深水、もの


言わざれども魚竜、倦むことを憚らざるして遂(


お)いおもむく・・・」


  (訳) 藤原葛野麻呂が申し上げます。高山に住む


荒々しい鳥や獣、水深いところに住む魚竜も徳の


高い大唐帝国の皇帝陛下のもとには労いとわずあ


きることなどなく参ります


 


  この「賀能、啓(もう)す」は藤原葛野麻呂の葛


野麻呂の葛を賀とし野を能とものでしょう。こうした


方が当時の発音上いい音に聞こえたのかもしれません


。また当時は離合詩といって漢字のヘンやつくりを


とって詩を工夫して作ったり返したりするような事が


知識人、文化人の間で盛んだったようです。


 こあたり空海一行が危機存亡にもかかわらず、奏上


文を読むのは長官の閻済美でありこの閻済美が納得す


るにはどう書くかというのがもう空海の頭の中で工夫


、準備されていたように思います。


 

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