空海と遣唐使船の大使である藤原葛野麻呂の乗る船と
最澄と副大使の石川道益の乗る第二船が唐に着くことに
なります。
当時は気象のこともわからなかったのでしょう。
各船には陰陽師が乗っており方位がわからなくなるとこ
の陰陽師の人が片足立ちで両手を広げて進む方向を決めた
ようです。
こうして東シナ海を漂流した船は航路から全く離れた
福州の長渓県赤岸鎮というところに漂着します。ここで
は海賊見間違われて船もろとも拘留されます
がここで、有名なあの空海の書簡が出てきます。
少し前後しますが海上34日ほど漂流して8月10日
にやっと着いた唐の着いた陸地、福州の赤岸鎮。 酷暑
のなか水、食料無く一行はどんなに喜んだ事でしょう。
橘逸勢など小躍りしたように思います。しかし船体は
暴風雨のため漂流物のようになっておそらくは幽霊船のよ
うな体をしていたと思います。この遣唐使船は奈良遷都
1300年祭の記念事業で復元モデルが展示されているのを
テレビで見ました。

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