空海が帰国するに当たっては、いやそ
の前からかもしれませんが筆や墨の製法
を学んでいます。これも他の留学生には
なかったところではないでしょうか。
なんというか好奇心の固まりのような
人だったような感じを受けます。そうい
う意味ではアインシュタインも好奇心の
そのような人であったそうです。アイン
シュタインが日本に来たときお寺の釣り
鐘を見てどうしてあのような形をし
ているのか。そして、あのような形
をしているから音が遠くまで響くの
だということまで突き詰めたという
話を聞いたことがあります。
空海がその帰国に当たって仏教関係の
教典はもちろんですが、仏教以外の漢籍
また土木、天文などの書物を集めれるだ
け集めて持ち帰っていることです。この
あたりもすごいところで後に四国香川県
の満濃池の修復工事の時に池の水の水圧
に耐えられるようにア-チ形の堤防を築
いていますがこれなどもこの時に持ち帰
った書物の結果だったのでしょう。
空海は帰国の途中で越州というところ
に立ち寄り特にここで仏教経典以外の今
でいう土木医術等の書物を多く持ち帰っ
ているようです。長安ではその立場から
収集がしにくかったのかもしれません。
またここでの収集にはここの節度使の
協力を得ています。 これは察するとこ
ろ前もって準備されていたのかもしれま
せん。
空海は心の病は加持によるが体の病は
医術投薬によると確か十住心論だったと
思いますが書いています。このあたり
何でもかんでも加持祈祷によれば良い
のでないことをはっきり書いています。
空海はこの越州で最澄が密教の系統を
順暁という人から譲ってもらったと
いうことを聞いたはずですが別段あわて
た様子はありません。
順暁の密教は恵果の正統なものではな
く傍系のような系統であることを空海は
知っていたでしょうが日本の人はそんな
ことは知らず最澄が持ち帰った密教が
密教だと思うでしょう。
果たして日本に帰るとその通りに
なっていました。

コメント