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空海は魔術師だった? メルマガ投稿から    Vol.8

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空海は魔術師だった?メルマガ投稿から
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JUGEMテーマ:学問・学校

   閻済美は最初全く国使というのを信用せず空海一行を


海賊扱いし乗組員一行を引きずり出して砂浜の上に座ら


せ船は封印します。大使の藤原葛野麻呂(ふじわらかど


のまろ)も何度も「我々は日本国の国使である」と手紙


をかいたようですが閻済美は黙殺したようです。藤原葛


野麻呂(ふじわらかどのまろ)も桓武天皇の側近ではあ


り平安の教養人ではあったはずですが閻済美はその文章


から信用しなかったののかもしれません。


 一行は海賊扱いで砂の上に座らされており昼の暑さと


夜の寒さは耐え難きものがあったと思います。


 ここで空海が大使の藤原葛野麻呂に代わって書くこ


とになるのですがこの辺りからが管理人が思う空海の


魔術師たるゆえんです。


 空海が当代きっての知識人であることは同船の橘逸


勢は知っていたと思います。また橘逸勢は「空海、お


前が書いてやれ」と言ったことでしょう。しかしここ


で空海が大使の藤原葛野麻呂に「お恐れながら私が書


きましょう」とは言わなかったと思います。言ったと


すれば、その場面が記録のどこかに出てくることでし


ょう。というのは日本後紀に藤原葛野麻呂の文章がこ


の遣唐使の記録として出てくるからです。


 この日本後紀は正式な朝廷への記録でありここで


当時無名の僧が登場するとも思えません。

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