出雲大社にいつかは行ってみたいと思っていました。
それは24年前の喜太郎さんの奉納コンサ-トをテレビで
偶然見てでした。古事記がテ-マのこのコンサ-トで
彼の旋律の美しさに感動しました。この番組がライブ
だったか録画だったかは覚えていませんがものすごい
インパクトを受けました。夜の境内でライトに照らさ
れながら彼のシンセサイザ-やバックのバイオリン
はまるで宇宙から聞こえるような感じがしました。
宇宙を音楽で表すとああいう感じになるのかなと思い
ました。初めてCDを買ったのも彼の「古事記」でした。
当日は台風の影響も心配されましたが大丈夫の予感も
しましたの安心していました。
四国の徳島からは朝の5時半に出て島根に着くのは12時
でした。
猛暑のなか、出雲大社について驚いたのは国旗の大きさです。
このポ-ルは高さ48メ―トルで国旗は畳で76畳分あるという
ことです。

今年は60年の大遷宮の年に当たるそうで観光の人も多い
ようです。
この説明のように当時は神殿は地上50メ―トルほどのところにあった
そうです。
本殿入り口ですが内部は撮影が禁止されているということで入り口の
画像です。
参拝者が多い中、地元の氏神様でするようにどこの、誰で何のために
来たかを申し上げ感謝の言葉を申し上げました。
一回終わって帰ろうとした時、頭の真上で何回かしておいた方がいいと
誰かが教えてくれました。それで本殿を出て本殿の周りを回って同じ
参拝を3回しました。3回目にはさすがにどこの誰で何のために来たか
をはっきり申し上げることができました。1回目で帰ろうとしたとき何回
かするようにと言っていただいたのは地元の氏神様のような気がしま
す。
一緒に行っていた長男も私と同様に3回参拝をしました。
出雲大社の荘厳さ壮麗さに圧倒されたのと同時に感激しました。
今までにない大きな力をいただきました。ありがとうござい
ました。
ガイドさんの説明で江戸時代に四国の高知の人が自分で作った長さ
50センチ程度の小船に病気平癒の祈願成就のお礼に寛永通宝15枚を
船に入れて地元の川に流したのが出雲大社の前の浜に流れ着いたお話
がありました。この人の住んでいたのは四国の中央付近で徳島県の
吉野川の水源付近のようです。
この小船が18ヶ月を経て出雲大社の前の浜に流れ着いたというのです。
確かに吉野川は今もダムなどはなく小船は海には流れて行くでしょうが
吉野川の河口から紀伊水道に出て太平洋に出たとしても日本海の海に
流れていくことはまずないだろうと思いました。
一緒に行っていた長男と出雲大社の宝物館に入るとその小船が展示さ
れていました。
このペ-ジにあるように舟の表には「出雲大社様、土佐元山村助藤寅
年男」としか記載がないのだから初見でこれが誰のことか分からな
いはずです。
しかし、これが18ヶ月を経て出雲大社の前の浜に流れ着いたのは
多くの人の善意のリレ-があったのでしょうと宝物館のペ-ジの作者は
説明されています。私もそう思います。
そして小舟の作者の志和九郎左衛生門という方は周りの人がそうせざる
を得ないまでの思いになる方であったのだろうと思いました。


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