現代人のための般若心経は昨年、徳島県の般若院をお訪ね
したとき若奥様からいただきました。
著者の宮崎忍勝先生にお会いしていろいろ、お話を聞く
つもりでしたが3年前に亡くなられていました。
非常に残念でした。
少し私には難しい部分もありますが全体的には平易に解説
しておられます。
はじめの部分は般若心経の写経の解説になっています。
上手に書くことにこしたことはありませんが写経はやはり
一生懸命に書くことだと私も思います。例をひいて”ある法
要に招かれてそこのおばあさんが四国八十八ヶ所への納経の
ための写経に梵字を書いて欲しいと頼まれ見ると金釘の折れ
もたどたどしいものであったが写経の真面目はこれだと感じ
入った”としています。私もそうだと思います。自分も写経
をしているからではないですが、別に写経で無くとも巧拙は
ともかく一生懸命に書いた字はその一生懸命さを誰が見ても
わかると思います。
四国八十八ヶ所への納経所は本来、写経を納めるところで
あったのが、そのお寺へきた印をもらう所のようになってい
ます。
私が20年前、四国八十八ヶ所の遍路で書いた写経を納経
したのは大抵、本堂か大師堂の片隅にあった金属の箱の中で
した。その中には多くの人が書いた写経ももちろんありまし
たが、御影と呼ばれる札所の本尊を描いた小さい札が多く入
っていました。
この本で印象に残っているのは般若心経の悟りの真言
羯帝羯帝 波羅羯帝 波羅僧羯帝 菩提 僧莎訶
この一般的な訳は「往ける者よ、往ける者よ、彼岸に往ける
者よ、幸いあれ」です。
この訳が何の意味を持つのかよくわかりませんでした。彼
岸に往くということが具体的に何なのか、もちろんこれをう
まく解説している本もあったように思いますが、ここを宮崎
先生は「現代インドの聖者バクワン・シュリ・ラジネ-シ
は最後の真言を
”往けり、往けり、超えて往けり、全て超えて往けり。
なんという目覚めよ、嗚呼!これで完全な知恵の神髄が完成
する。”と訳している」と紹介しています。
これを見て、私は生意気なようですがそういうことなのか
とわかったような気がしました。
生きていく上では、困難や問題のない人生などがあるはずが
ありません。仕事、生活、親子、夫婦など時として大きなもの
が押し寄せることもあります。でも「超えて往く」時間をかけ
て「超えて往く」、「全て超えて往く」それが一つ一つの知恵
の完成ということなのでないかと考えるようになりました。
現代人のための般若心経 宮崎忍勝著
現代人のための般若心経 宮崎忍勝

コメント
真言について
同感です
往けり、往けり、超えて往けり、全て超えて往けり。
なんという目覚めよ、嗚呼!これで完全な知恵の神髄が完成
する
だからこそ 生きとし生けるものは 御仏になるのではないでしょうか
般若心経に登場する舎利子 シャリープートラ の仏舎利をタイのお寺で見させていただいたことがあります
半透明のカボションの形で宝石のような美しさでした
住職がおっしゃるには、徳を積んだ高僧の仏舎利は死後 このような宝石のような舎利になるそうです 実際にタイの上乗仏教の高僧の御骨も舎利子の如く 宝石のような舎利でした